東京地方裁判所 昭和47年(ヨ)2410号
申請人
宮内泉
右訴訟代理人弁護士
川口巖
(ほか一一名)
被申請人
日機装株式会社
右代表者代表取締役
音桂二郎
右訴訟代理人弁護士
和田良一
(ほか四名)
主文
本件申請をいずれも却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 申請人
申請人が被申請人の従業員たる地位を有することを仮に定める。
被申請人は申請人に対し、金二六八五万四八六一円並びに右金員のうち、別表(略)基準内賃金欄記載の各金員に対して同表賃金損害金起算日欄記載の各日から、同表一時金欄記載の各金員に対して同表一時金損害金起算日欄記載の各日から、いずれも完済まで年五分の割合による金員を仮に支払え。
被申請人は申請人に対し、昭和五五年六月以降毎月末日限り金二九万四九二一円を仮に支払え。
申請費用は被申請人の負担とする。
二 被申請人
主文同旨
第二当事者の主張
(申請の理由)
一 申請人は、昭和三九年三月二三日被申請会社に入社して東村山工場に勤務し、四か月の試用期間を経て同年八月本採用となった。
二 被申請会社は、申請人が昭和四七年七月二〇日付けの配転命令を拒否したとの理由で、同年八月九日、申請人を懲戒解雇したとして、同日以降申請人が被申請会社の従業員であることを争い、給料の支払をしない。
三 申請人は、昭和四七年八月九日以降被申請会社に対し、次のとおり賃金及び一時金の請求権を有する。
1 右解雇の直前、申請人は、基準内賃金として月額九万六〇一〇円(基本給八万六三一〇円、諸手当九七〇〇円)の支払を毎月末日受けていた。
被申請会社は、申請人の所属する日機装労働組合との間で、昭和四八年度以降昭和五五年度まで各年度毎に昇給協定及び夏季・冬期一時金協定を締結し、全従業員に適用している。申請人について右協定を適用すると、昭和四七年八月から昭和五五年五月までの基準内賃金及び一時金は、別表基準内賃金欄及び一時金欄に記載のとおりとなる(申請人についての考課査定は、従業員の平均査定によるのが合理的である。)。
2 申請人は、右解雇当時毎月平均一七・三時間の時間外勤務をしていたが、解雇後も同様の時間外勤務をなし得たものというべきであるから、右1の基準内賃金を基礎として、昭和四七年八月から昭和五五年五月までの時間外賃金を算出すると、別表時間外賃金欄記載のとおりとなる。
3 右1及び2によれば、申請人は、被申請会社に対し昭和四七年八月から昭和五五年五月までの賃金及び一時金として合計金二六八五万四八六一円の請求権を有し、さらに、昭和五五年六月以降も毎月基準内賃金二六万五〇〇六円、時間外賃金二万九九一五円、合計二九万四九二一円の賃金請求権を有する。
四 申請人は、被申請会社から得る給料を唯一の生活の資とする労働者であり、給料が支給されず、健康保険その他社会保険を使用できないことになれば、申請人の生活は危殆に瀕することになる。
五 よって、申請人は、申請の趣旨記載のとおりの裁判を求める。
(申請の理由に対する答弁)
一 申請の理由一及び二の事実は認める。
二 同三及び四は争う。
(抗弁)
被申請会社は、昭和二八年に制御容量ポンプの輸入販売等を目的とする特殊ポンプ工業株式会社として設立され、その後、商号を日本機械計装株式会社と変更し、さらに昭和四三年一一月現商号となり、現在工業用ポンプ及び医療機器の製造販売並びに主として火力発電所ボイラーの水質調整を目的とする計装業務を営むものであるが、昭和四七年七月二〇日、計装事業部工務部品質管理課に勤務していた申請人に対し、同年六月二〇日新設した仙台出張所の出張所長代理として計装サービス業務に従事すべきことを命じた(以下「本件配転命令」という。)ところ、申請人は、これを拒否した。そこで、被申請会社は、申請人の本件配転命令拒否は就業規則第七八条第六号の「業務上の命令を拒否し又は従わないとき」に該当するとして、同年八月九日、同規則第二二条第一項第七号に基づき申請人を懲戒解雇(以下「本件解雇」という。)した。
(抗弁に対する答弁)
抗弁事実はすべて認める。
(再抗弁)
一 本件解雇は、次に述べるところから明らかなように、被申請会社が申請人の正当な組合活動を嫌悪し、申請人を被申請会社から排除することをねらったもので、組合活動の故をもってなされたものであるから、不当労働行為として無効である。
1 申請人は、昭和三九年八月本採用となると同時に民間統合労働組合日機装支部(昭和四一年に日機装労働組合と改称。以下「組合」という。)に加入し、以後積極的に組合活動をしてきた。組合は、昭和三七年に全日本金属一般労働組合日機装支部(以下「旧組合」という。)が被申請会社の激しい支配介入を受けて分裂、壊滅させられた後、被申請会社の肝入りで結成された労働組合であるが、旧組合の活動家を中心に、組合の体質改善を図る活動が組合内部で行われていた。このグループは統一派と称され、申請人も右統一派に加わり、活動を展開してきた。
2 被申請会社は、旧組合の活動を嫌悪していたが、旧組合の解散後も、組合内部の統一派の活動を嫌い、統一派に属する者を配転するなどしてその活動に制約を加え、昭和四〇年には人員整理を実施して、統一派に属する組合活動家七名を含む一三名を指名解雇した。右解雇された活動家のうち五名は、解雇が不当労働行為であると主張してその効力を争い、地位保全の仮処分を申請した。
統一派の活動は、その後も続けられ、新資格制度に対する反対、配転についての事前協議制の要求など種々の運動が展開された。これに対しても被申請会社は、組合の役員選挙の直前に統一派の活動家を不当に配転するなどの攻撃を続け、配転された活動家の中からやむを得ず退社する者が相当数にのぼった。
前記仮処分事件においては、昭和四六年東京高等裁判所において五名中四名につき、不当労働行為であるとして勝訴の判決がなされ、右四名の統一派の活動家の職場復帰が迫っていた。
本件解雇は、右のような労使関係の中で行われた。
3 申請人は、昭和四一年九月統一派から組合書記長に立候補して当選し、以後昭和四二年、四三年と副組合長に選出され、昭和四四年八月まで組合役員として活動した。
ところが、被申請会社は、昭和四三年一月申請人の組合活動を嫌悪して、申請人を技術部から業務部工務課(後の計装事業部工務部品質管理課)に配転し、下請工場である日本精電株式会社(以下「日本精電」という。)での勤務を命じた。申請人は、右配転に異議を留めた上で応ずることとしたが、この配転により被申請会社の本社との往復に相当な時間を要するようになり、職場集会や団体交渉への出席が非常に困難になった。そのため、申請人は、右配転後一年間は前述のとおり副組合長に選出されたものの、昭和四四年度の役員選挙では副組合長に立候補したが、落選した。その後、昭和四五年度も副組合長に立候補したものの落選し、昭和四六年度は立候補を断念した。そして、昭和四七年度の役員選挙に書記長として立候補するため準備していたところ、本件配転命令を受けたものである。
4 被申請会社は、申請人の組合活動を嫌い、本件配転命令前において、申請人に対して次のような行為を行った。
(一) 申請人は、昭和四〇年の指名解雇の撤回闘争等に関して職場集会において発言したところ、その後工場長に呼ばれ、発言内容について注意を受けた。
(二) 申請人は、書記長に就任後、教宣部長として「組合ニュース」の発行責任者となったが、被申請会社は、右組合ニュースの記事を非難してその発行責任者である申請人を攻撃した。
(三) 昭和四一年一一月二九日の同年年末一時金査定問題に関する団体交渉の際、被申請会社の安藤管理部長は、査定に反対していた申請人及び安形明彦を右団体交渉から排除しようとした。昭和四二年一〇月にも同様のことがあった。
(四) 昭和四二年春頃、申請人らが職場集会を開いていたところ、酒井技術部長がこれを規制し、中止させた。
(五) 被申請会社は、前述のとおり、昭和四三年一月一日付けをもって申請人に対し業務部工務課へ配転する旨命じたが、この配転は、組合の弱体化をねらうと同時に、申請人に対していやがらせを行い、退職に追い込むことを企図してなされたものである。
(六) 被申請会社は、申請人が業務部工務課に赴任後人並み以上の成果を挙げたにも拘らず、一貫して最低のDの査定をした。
(七) 被申請会社は、昭和四四年夏頃、日本精電の黒瀬社長に指示して、申請人に対し同会社に移転するよう勧誘させた。
(八) 被申請会社は、昭和四五年六月、国策パルプ薬注タンクの検査ミスについて、本来申請人の責任はなかったにも拘らず、申請人に対し始末書の提出を求めた。さらに、同年七月二〇日頃、東北電力秋田パワーステーションに関する申請人の極めて些細な検査ミスをとらえて、申請人に対して再度始末書の提出を要求した。そして、昭和四六年六月には、四国電力坂出発電所に納入した試料採取装置の流しの高さが図面より一一センチ高く付けられていたことを検査の際見落とした件により、申請人に対し始末書の提出を求め、これに基づき同年七月申請人を減給処分に付した。右処分の対象となったミスは、実害の全く生じないものであり、右処分は、ミスの内容、その発生した状況及び他のミスとの比較からして、異常に重く、片手落ちであった。
5 右によれば、本件配転命令は、被申請会社が申請人の組合活動を嫌悪し、組合活動を理由として命じたものであり、不当労働行為に該当する。したがって、本件配転命令に従わないことを理由とする本件解雇も不当労働行為であり、無効である。
二 本件解雇は、解雇権の濫用であり、無効である。
1 本件配転命令は、業務上の必要性を欠き、合理的な理由がない。
(一) 被申請会社は、一方では計装製造部門を確立、強化する方策を推進しながら、他方において検査体制強化のため最も必要な阿川光雄及び申請人を仙台要員に選定し、検査体制を弱体化させるという矛盾を犯している。企業経営者の常識的観点からすれば、仙台要員はサービス経験者の中から選任するのが当然であり、そうでなくとも、仙台出張所の開設は一年位前から予定されていたのであるから、開設が決まった時点で然るべき新人を採用し、サービス要員として養成することも十分可能であったはずである。また、申請人が所属していた品質管理課にも他に適性要件を備えていた者がいたのであるから、一番のベテランである申請人を転勤させるより右のような者を転勤させる方がマイナスが少なかったはずである。
さらに、仙台新火力発電所の設立は昭和四八年であるから、仙台出張所の開設は昭和四七年六月より遅らせることもできたはずであり、サービス員もどうしても六月に間に合わせる必要はなく、もっと慎重な人選をすれば、適当な該当者がそう遅くない時期に見つかったはずである。
(二) 申請人は、故障対策、クレーム処理は入社以来ほとんど担当していないし、試料採取装置、薬注制御盤については、三時間程の講義のほかは教育を受けたことがなく、機能上の知識はごくわずかしかなかった。申請人が担当していた検査業務は機能上の知識を要求されることはなく、営業、サービス、設計などの業務担当者の方が機能上の知識を有するのである。
また、申請人は、仙台出張所管内の得意先とは全く面識がなく、検査業務を担当しているが故にサービス業務に適しているものではない。
2 本件配転命令は、次に述べるとおり、申請人の同意がないから無効である。
(一) 申請人と被申請会社との間の当初の労働契約においては、勤務場所は東村山工場、業務内容は設計開発の技術職と特定されていた。したがって、申請人の勤務場所及び業務内容を変更する場合には申請人の個別の同意を必要とするところ、本件配転命令に対しては申請人は同意していないから、右命令は無効である。
(二) 仮に当初の労働契約において申請人の勤務場所及び業務内容が特定されていなかったとしても、その後の労務提供の過程で、これが特定されるに至った。すなわち、申請人の入社当初、被申請会社の就業規則には配転に関する規定は存在しなかったが、右規定がない場合、少なくとも個々の労働者と会社との間の労務提供の過程で特定されてきた勤務場所及び業務内容は、労働契約の内容となり、会社の一方的な命令によっては変更できないというべきである。申請人の場合、入社後の会社との間の労働契約履行の過程で、勤務場所は東村山工場ないしは本社、すなわち自宅から通勤可能な範囲ということで特定され、また、業務内容も技術職に特定されてきた。したがって、右の特定された勤務場所及び業務内容の範囲を超える本件配転命令には、申請人の同意を必要とし、同意がない以上、右命令は無効である。
(三) 仮に申請人の勤務場所及び業務内容が労働契約上特定されていなかったとしても、会社は、無制限に職種や勤務場所の変更を命ずることはできず、合理的な範囲を超える職種の著しい変更及び遠隔地への配転については、労働者の同意を要すると解すべきである。本件において、申請人は大学卒の技師で、被申請会社で技術者としてその能力を発揮してきたが、本件配転先の仕事はサービスが中心であるから、本件配転命令は、申請人の技術的な能力の維持発展を阻害するおそれのある職種の転換といわざるを得ない。したがって、本件配転命令は、合理的範囲を超えた著しい職務内容の変更である。しかも、本件配転命令は、客観的に余人をもって代え難い場合でもないのに遠隔地への配転を命じている。そうすると、本件配転命令は申請人の同意を必要とする場合と解すべきところ、右同意がないから、右命令は無効である。
3 被申請会社は、本件配転を命ずるに当たって、次に述べるとおり、申請人側の事情を十分に考慮せず、申請人の同意を得るための努力を怠った。したがって、本件配転命令は、信義則上無効というべきである。
(一) 本件配転命令においては、申請人の蒙る生活上の不利益について、十分な配慮がなされていない。すなわち、申請人は、東京都武蔵村山市の都営住宅に家族と共に居住し、家賃として月八一六〇円を支払っていたが、被申請会社が仙台市において準備した社宅の家賃は月三万三〇〇〇円で、そのうち申請人の負担部分は第一、二年目において二五%、八二五〇円(三年目以降さらに増加)であった。そのうえ、社宅に入居した場合は住宅手当月額四一〇〇円が支給されなくなるので、申請人は、配転のため当初毎月四一九〇円の出費の増加を余儀なくされ、実質的な賃金引下げであった。さらに、申請人の妻は、都営住宅で長年英語塾を経営し、申請人の家族の生活の維持に協力してきたが、本件配転により塾経営が不可能となり、生活上大きな不利益が予想された。
(二) 本件配転は、申請人の体力及び性格からみて問題があったが、被申請会社は、これを考慮していない。すなわち、申請人はもともと体力的に頑健でなく、四〇才を過ぎて多大の肉体的負担を伴うサービスの仕事に従事するのは無理であった。また、サービスの仕事は、従来の職種と全く異なり、申請人にとっては性格的にも不向きであった。
(三) 本件配転は、申請人の労働組合活動を事実上不可能にするものであったが、被申請会社は、この点につき何ら配慮していない。
(四) 被申請会社は、本件配転命令の内示後発令までの間に、申請人の同意を得るための努力を怠った。
4 仮に本件配転命令が有効としても、申請人がこれに応じなかったことには、前述のような合理的な理由があり、申請人はこれを明示した。しかも、申請人は、被申請会社にとって企業内にとどめておく必要のあった人材であり、本件配転命令を拒否したからといって、直ちに企業外に放逐する必要性も理由もなかった。したがって、本件解雇は、解雇権の濫用である。
(再抗弁に対する答弁)
一1 再抗弁一の冒頭部分は争う。
2 同1の事実は不知。
3 同2の事実については、被申請会社が昭和四〇年に申請人主張の人員整理を実施したことは認め、その余は争う。
4 同3の事実については、申請人がその主張のとおり組合書記長、副組合長に選出されたこと、昭和四三年一月申請人を業務部工務課に配転し、日本精電に常駐を命じたことは認め、その余は争う。
5 同4の(一)ないし(四)についてはすべて争う。同(五)については、申請人主張の配転を命じたことは認め、その余は争う。同(六)については、申請人につきC又はDの査定をしたことは認め、その余は争う。同(七)については争う。同(八)については、被申請会社が申請人主張のとおり始末書の提出を求め、減給処分にしたことは認め、その余は争う。
6 同5については争う。
二1 同二の冒頭部分は争う。
2 同1についてはすべて争う。本件配転命令の必要性及び合理性については、後記のとおりである。
3 同2については、本件配転命令につき申請人の同意がなかったことは認め、申請人と被申請会社の当初の労働契約において勤務場所及び業務内容が特定されていたことは否認し、その余は争う。
4 同3の冒頭部分は争う。
同(一)については、社宅の家賃の負担割合が申請人主張のとおりであることは認め、その余は争う。
同(二)ないし(四)はすべて争う。
5 同4については争う。
三 本件配転命令は、次のとおり、業務上の必要に基づくものであり、合理性を有する。
1 被申請会社は、得意先である東北電力の要請に応じ、計装のサービス及び営業、医療機器の営業を目的として、昭和四七年六月二〇日仙台出張所を開設した。右出張所の人員構成については、北海道出張所から中川所長を派遣し、医療機器の営業要員一名、計装のサービス要員一名、女子社員一名とすることとし、計装のサービス要員以外は、開設時点で配置が終った。
2 計装のサービス要員については、水質調整装置の機構を熟知し、装置を構成する機器に関する知識を有すること及び客先との接触に一定の経験があることが適正要件として考慮され、計装事業部内から選出することとなったが、同部の各課のうち工務部品質管理課以外の課から選出することは困難な情勢にあったため、同課から選出することとし、当初阿川光雄を派遣要員と決定した。
3 ところが、阿川は、同年五月三一日被申請会社から転勤の内示を受けると、これに難色を示し、結局被申請会社を退社する意向を明らかにするに至った。
そこで、やむなく大沢計装事業部長以下関係部課長の間で選考をやり直し、申請人を仙台に派遣することが決定された。申請人に決定するに当たっては、同人が東北大学出身であること、鉱山科専攻であり、非鉄鉱山の多い東北地方においては右の経歴は営業上大いに役立つと判断されたことも考慮された。そして、被申請会社は、申請人の経歴、技能を勘案して同人を所長代理として派遣することとし、同年六月一六日その旨内示し、同年七月二〇日正式に発令したものである。
第三証拠(略)
理由
一 申請の理由一及び二の事実並びに抗弁事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、初めに本件解雇が解雇権の濫用である旨の主張について判断する。
1 まず、本件解雇の前提となった本件配転命令が業務上の必要性を欠き、合理性がないとの主張につき考えるに、(証拠略)を総合すると、次の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 被申請会社は、電力会社を得意先に持ち、電力会社の本社所在地には営業上の必要からできるだけ出先機関を設ける方針で、この方針に沿って各地に出先機関を設けてきたが、東北電力株式会社の本店所在地である仙台市にはなかなか出先機関を設けられないでいたところ、昭和四四、五年頃新仙台火力発電所の設立を計画した同会社から、出先機関を設けるよう要請された。被申請会社は、右要請に応えて右発電所が完成する頃には出先機関を設けることを約束していたが、昭和四七年になって右発電所の完成が近づいたため、同年六月二〇日から仙台出張所を開設することを決定した。
被申請会社は、右出張所において計装の営業及びサービスのほか医療器の営業も合わせて行うこととし、人員構成については所長、計装のサービス要員一名、医療器の営業要員一名、女子社員一名の合計四名とすることとした。そして、同年三、四月頃から人選に着手し、まず所長として北海道出張所長で計装部門の経験の長い中川保をあて、女子社員一名は現地で採用し、計装のサービス要員と医療器の営業要員を派遣することとし、計装のサービス要員以外は、出張所開設時までに要員を確保することができた。
(二) 右計装のサービス要員は、得意先に対し、納入した装置についての故障対策、クレーム処理などのサービスを提供することを主たる職務内容とするもので、水質調整装置の機構及び装置を構成する各機器についての知識を有し、かつ、サービスの仕事の経験を有するか、その潜在能力を有することが適性要件として考慮され、一般的には計装事業部の計装部水調課、工事部サービス課、工務部設計課、同部品質管理課に所属する者が右の適性を備えているものと認められた。そこで、被申請会社の大沢房之助計装事業部長は、右の各課から計装のサービス要員の人選を行ったが、具体的に検討すると、右各課のうち品質管理課を除く部門では前記要件にあてはまる適任者がいなかったり、適任者があっても転出させると課の仕事に重大な支障を来すことが予見されたりして、候補者を出すことができなかった。工務部品質管理課については、同課の仕事は製品の検査業務であって、同課の課員は装置の機構及び機器についての知識を備え、得意先との接触もあるので、適性があると判断されたが、同課所属の者の中では、申請人と阿川光雄の外は同課に配属されたばかりであるため適当でなく、結局右両名が適性を有し、かつ、同課の仕事上多少の支障はあっても派遣可能であるとの結論を得るに至った。そして、右両名を比較すると、阿川は、駐在していた被申請会社の下請会社から、その頃東村山工場に戻ったところであり、独身者であったのに対し、申請人は、同じく下請会社である日本精電に駐在していたので、阿川の方が仙台に派遣し易い状況にあった。そこで、被申請会社は、阿川を仙台派遣要員と決定し、その旨内示した後、同年六月一〇日同人に対し仙台出張所勤務を命じた。
(三) ところが、阿川は、家業を手伝う必要があること及びダンスの練習に差支えることを理由として仙台への転勤を拒否し、同月一二日退職願を提出し被申請会社を退社することとなった、そこで、被申請会社ではやむなく人選をやり直すこととしたが、前記のような状況にあったため、申請人以外には適当な派遣要員が見当たらず、また、同人が東北大学工学部鉱山科の出身であるし、鉱山の多い東北地方ではその経歴が将来の被申請会社の営業上役立つことがあるとの考慮も働いて、同人を仙台に派遣することに決定した。そして、同人の経歴を考え仙台出張所長代理とすることとし、同月一六日その旨内示し、同年七月二〇日正式に発令した(右発令の事実は当事者間に争いがない。)。
(四) しかし、申請人が右配転を拒否したため、被申請会社は、同年八月九日申請人を懲戒解雇し(右解雇の事実は当事者間に争いがない。)、同日工事部サービス課の松本政美及び計装部水調課の野見山紀雄に対し暫定的に仙台出張所兼務を命じ、同年一一月一日大阪支店計装サービス課の細谷和宣を仙台出張所に派遣した。
右認定事実によれば、被申請会社は、仙台出張所にサービス要員を派遣すべき業務上の必要性に基づき、その適性を有する申請人を右要員にあてたものと認めることができる。申請人は、右要員の人選につき、申請人には適格性がなく、申請人以外の者を選出すべきであったもので、合理性がない旨主張するが、右認定事実に照らし採用することはできない。してみると、本件配転命令には相当な理由があったものというべきであり、申請人の主張は、理由がない。
2 次に、本件配転命令は、申請人の同意がないから無効である旨の主張につき検討する。
申請人は、申請人と被申請会社との間の労働契約において、当初から又はその後の労務提供過程で申請人の勤務場所及び業務内容が限定されていた旨主張するのでこの点につき考えるに、(証拠略)の結果によると、次の事実を認めることができ、(証拠略)も右認定を覆すに足りず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
(一) 被申請会社は、昭和三九年当時、資本金二億八五〇〇万円で、工業用ポンプの製造販売を行う機械部門、ボイラーの水質調整、自動制御を取り扱う計装部門及び貿易業務を行う貿易部門に分れ、右機械部門はさらに機械部、技術部、工務部、資材部、製造部、サービス部、事務部等に分れており、事業所としては、東京都渋谷区に本社、東村山市に工場を置くほか、大阪支店、名古屋、広島、九州各営業所、北海道出張所をそれぞれ設置しており、その従業員数は四六〇名程度であった。
(二) 申請人は、昭和三五年、東北大学工学部鉱山科を卒業して新興通信工業株式会社に入社し、昭和三六年から同社の福岡営業所において、技術指導員として得意先との折衝等の仕事をしていたが、東京において設計関係や研究の仕事をしたいという希望があったので、昭和三七年、右営業所の山﨑所長の紹介により、同人とともに被申請会社に入社するべく被申請会社の担当者と面接したところ、右山﨑は採用されたが、申請人は採用されなかった。翌三八年、申請人は、被申請会社から九州営業所において採用したい旨の通知を受けたが、前記の希望にそうものではなかったので、これに応じなかった。
翌三九年被申請会社においては、東村山工場の技術部に人員を補充する必要が生じ、申請人の採用を考え、同人に連絡したところ、申請人は、右申出に応じ、同年三月二日被申請会社の佐藤隆一技術部次長と面接し、その結果、採用が決定し、同月二三日被申請会社に入社した(右入社の事実は当事者間に争いがない。)。右入社の際の辞令は「技師5級に任じ東村山工場技術部技術1課1係勤務を命ずる」というものであり、右発令形式は、当時の他の従業員に対する発令形式と異なるところはなかった。なお、右入社の際、申請人は入社支度金として一〇万円を被申請会社から借り受け、旅費等にあてた。
(三) 右採用面接の際、申請人は、東村山工場の技術部において勤務することが示されたが、配転については話題となることもなく、将来、申請人がなすべき仕事については、申請人、被申請会社ともに何ら言及せず、特段の合意はなされなかった。
(四) 申請人は、採用後試用期間を一か月短縮の上、同年八月一日本採用となり(右本採用の事実は当事者間に争いがない。)、技師として、主に東村山工場において、ミルフローポンプ開発の仕事に携わり、一応の成果を示し、その仕事が一段落した昭和四三年一月機械部門の技術部技術第1課から計装部門の業務部工務課に配転命令を受けた(右配転の事実は当事者間に争いがない。)。これに対し申請人は、右配転は入社時の採用条件に違反するなどの理由で異議を述べたが、転勤自体には応じ、工務課員として、被申請会社の下請会社である日本精電に駐在して検査業務に従事することになった。
(五) その後業務部工務課が工務部品質管理課に組織替えになったが、申請人は、本件配転命令を受けるまで、同課に所属し、日本精電において計装関係の検査業務を行っていた。
右認定事実によれば、申請人が被申請会社に入社する際、勤務場所及び業務内容が示されてはいるが、それは入社後当面担当すべき職務を特定したものと解すべきであり、申請人と被申請会社との間の労働契約において、申請人の労務の提供につき、その勤務場所を東村山工場に、業務内容を技術関係に、それぞれ限定する旨の合意が成立したものとは解せられない(申請人の被申請会社への入社の動機及び入社支度金借受けの事実は、右のように解する妨げとなるものではない。)。
また、(証拠略)によれば、申請人が被申請会社に入社した当時、就業規則上は配転に関する規定が存在しなかったことが認められるものの、申請人と被申請会社との間の労働契約が期間の定めのない、いわゆる終身雇用の契約であることや、前記認定の被申請会社の規模、組織の構成、従業員数等、並びに申請人の学歴からすれば、右労働契約は、就業規則上の配転に関する規定の有無にかかわらず、業務内容及び勤務場所の将来の変更を予定したものと解することができ、しかも、(人証略)によれば、被申請会社では全国的な規模で配転がなされており、配転によって勤務場所や業務内容の変更が伴うことが少なくなかったことが認められるのであるから、申請人の入社後の労務提供につき、勤務場所及び業務内容が申請人の主張のように特定されて労働契約の内容になったものと解することはできず、本件配転命令には申請人の同意を要するとの申請人の主張は採用することができない。
さらに、申請人は、本件配転命令は合理的な範囲を超える職種の著しい変更であって、遠隔地への配転であるから、申請人の同意を要する旨主張する。しかしながら、前記のとおり、仙台出張所における計装のサービスの仕事は、申請人の技術者としての能力及びその被申請会社における経験を生かした業務であって、しかも被申請会社では、技術、営業、事務の各職種にわたって、その変更を伴う配転のなされていることが認められるのであるから、検査業務からサービス業務への変更が合理的な範囲を超えた職種の変更であるとは認め難い。また、遠隔地とはいっても、(証拠略)によれば、被申請会社においては、東京から九州、広島、水島、大阪、名古屋及び北海道などへの配転も相当になされており、本件のような配転先は従業員において当然に予想しうる範囲に含まれるものと認められる。そうすると、申請人の勤務場所及び業務内容についての特段の合意がなされていない以上、本件配転命令について申請人の同意を要するものと解する余地はない。したがって、申請人の右主張も採用できない。
3 進んで、本件配転命令が信義則上無効である旨の主張につき判断する。
初めに、申請人の主張する生活上の不利益についてみるに、社宅への入居に伴う家賃負担の増加は、たまたま申請人が家賃の極めて低額な都営住宅に入居していた結果であって、これをもって賃金引下げと同視することは妥当でないばかりか、被申請会社においては、仙台での住居について相当の配慮を示している(<証拠略>により認められる。)のであり、また、配転によって申請人の妻の塾の経営が事実上困難になるにしても、申請人側のこのような事情によって、被申請会社の適正な人事権の行使が妨げられるべきものではないと解されるのみならず、この点についても被申請会社は相当の配慮をしている(前掲<証拠略>により認められる。)から、右の事情はいずれも本件配転を不当とするものではない。
次に、本件配転が申請人の体力及び性格からみて不適当であった旨の主張につき考えるに、なるほど、(証拠略)によれば、申請人は、新興通信工業株式会社の福岡営業所において得意先との折衝等の仕事をしていた頃、病気のため入院した経験があることを認めることができるが、この事実と右各証拠を総合しても、直ちに申請人の右主張事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。かえって、(証拠略)によれば、本件配転直前まで、申請人は、東村山市から赤羽の日本精電まで、相当の時間をかけて通勤し、そればかりか都合によっては日本精電から渋谷の本社に行くなどしていたことが認められるほか、本件配転の内示後被申請会社の嘱託医において実施した健康診断の結果、申請人の健康状態は通常の勤務に差支えなかったことが認められる。そうである以上、申請人が仙台出張所における仕事が体力的、性格的に不向きであると自ら考えているからといって、本件配転命令が無効となるものではない。したがって、申請人の右主張も理由がない。
さらに、申請人は、本件配転により労働組合活動が事実上不可能になることをもって、本件配転命令が効力を有しない旨主張するが、(人証略)によれば、申請人は、昭和四四年以降組合の役員選挙に落選したことが認められ、本件配転命令前に、申請人が、仙台への転勤が著しい障害となるような組合活動を行い、それを被申請会社が認識していたなどの事情は本件全証拠によるも認めることはできないから、配転により組合活動の面で実際上何らかの支障が生じることがあったとしても、そのこと自体から直ちに本件配転命令が信義則に反するものとして無効としなければならないものとはいえない。
また、申請人は、被申請会社が発令までに申請人の同意を得るための努力を怠ったとして、本件配転命令の信義則違反を主張するが、後記4に認定する本件配転命令の内示後発令までの経緯に照らすと、被申請会社は、申請人の異議に対し相応の処置をとっており、発令前の被申請会社の態度が信義則に反するものとは認め難い。
4 最後に、本件配転命令が有効としても、解雇の必要性がなく、解雇権の濫用であるとの主張につき判断する。
(証拠略)によれば、次の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 申請人は、昭和四七年六月一六日本件配転命令の内示を受けたとき、直ちに、入社の際の条件に反すること、健康上自信がないこと、サービスの仕事に向かないことなどの理由をあげて、これに同意できない意向を明らかにし、同月二一日組合に対し、被申請会社と団体交渉を開き、本件配転を撤回させるよう要請した。組合は、右要請に応じ、同月二二日被申請会社に対し申請人の配転を事情が明らかになるまで延期するよう申入れた。
(二) 被申請会社は、申請人の異議理由のうち健康上の理由を問題視し、申請人に嘱託医の健康診断を受けさせたが、その結果同年七月四日通常の勤務に差支えない旨の診断書が提出された。また、入社の条件については、申請人にこれを証する書面があれば提出するよう要求したところ、申請人から昭和四三年の配転の際被申請会社に提出された申請人作成の上申書の写しが再提出された。その後、申請人から同月一〇日及び一七日に被申請会社に対し拒否理由を記載した上申書が提出され、これに対し書面で回答するよう要求されたが、被申請会社は、その必要はないとして発令まで回答をしなかった。
(三) 同月二〇日被申請会社は、申請人に対し正式に本件配転命令を発令して同月三一日までに仙台に赴任するよう命じると同時に、申請人の拒否理由はいずれも理由がない旨説明して右命令に応ずるよう説得し、その後も、同月二九日申請人が出社した際、合田正已管理部長、米加田民雄人事課長、矢野睦男品質管理課長が説得に当たった。
その間、被申請会社は、同月三日及び二四日に本件配転につき組合と団体交渉を開き、配転の理由を説明したところ、組合も代議員会において、申請人は本件配転に応ずべきであると決定するに至り、同月二九日その旨を申請人に通知した。
(四) しかしながら、申請人は、同月三一日に至るも仙台に赴任せず、同日も本社に出社し、右合田部長らのほか大沢計装事業部長からも説得を受け、さらに同年八月七日にも右大沢らから説得された。右説得に当たり、右大沢らは、家賃の負担が増加する点については将来不利にならないよう努力する旨述べ(なお、当初の説得において計算を誤り、負担が増加しない旨述べたことがあった。)、さらに、本件配転の期間につき三年の期限を付けることを約束した。しかし、申請人は、右の期限の約束を書面化するよう要求して結局説得に応じなかった。
(五) そこで、被申請会社は、同月八日賞罰委員会を開いて検討した結果、業務上の命令を拒否し又は従わないときは、懲戒解雇に処し、ただし情状により諭旨解雇とする旨の就業規則の規定に基づいて、申請人を懲戒解雇とする旨決定し、同月九日その旨申請人に告知した。
右認定の本件解雇に至る経過等の事実と、前認定説示のとおり申請人の示した拒否理由がいずれも合理的理由たりえないこと、及び本件配転拒否が被申請会社の仙台出張所開設方針を混乱させたものであり、本件配転拒否を放置することは被申請会社の企業秩序に少なからぬ影響を与えることを合わせ考えると、本件解雇には相当な理由があったものというべきであり、申請人の主張は、理由がない。
以上のとおりであるから、本件解雇が解雇権の濫用であるとの主張は、理由がない。
三 次に、本件解雇が不当労働行為であるとの主張について検討を加える。
本件配転命令が発令されるに至った被申請会社の業務上の必要性、申請人が配転の対象者とされた経緯及び理由は、前記二の1において認定したとおりであって、本件配転命令は、必要性及び合理性に欠けるところがなく、かつ、当初予定されていた候補者の退職に伴って申請人が選定されることになったのであるから、ことさら申請人を「ねらい打ち」したものではないと認められる。
そして、申請人が昭和四一年九月組合の役員選挙で書記長に当選し、以後昭和四二年、四三年の役員選挙で副組合長に当選し、昭和四四年八月まで組合役員として活動したことは当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、申請人は、昭和四四年、四五年の組合の役員選挙に副組合長として立候補したものの落選し、昭和四六年の役員選挙には立候補を断念したこと、昭和四七年八月の役員選挙においては、本件配転命令の内示後約一カ月を経過し、その発令直前である同年七月一七日に被申請会社に提出した上申書の中で、申請人は初めて役員選挙に立候補する決心である旨述べたが、それまでは右立候補の意思を外部に表明していなかったことが認められ、右事実及び弁論の全趣旨によれば、申請人は、昭和四四年九月以降は目立った組合活動をしていなかったものということができる。
さらに、申請人が昭和四五年、四六年に被申請会社から受けた不利益な取扱いであると主張する、検査ミスについての始末書提出の要求及び減給処分についてみるに、(証拠略)を総合すると、昭和四五年の国策パルプ薬注タンクの検査ミス及び東北電力秋田パワーステーションに関する検査ミスにつき始末書を要求したことには、相応の理由があったのであり、他に重大なミスがありながら関係者が処分されなかった事例があったとはいっても、申請人自身もその関係者の一員であるのであって、右始末書の要求が特に申請人の検査ミスなるが故に行われたものではないこと、昭和四六年の四国電力坂出発電所に納入した試料採取装置に関する検査ミスについても、被申請会社の社長が直接苦情を述べられるなど対外的に問題が生じたこと、これにより処分を受けた者も申請人のみにとどまらず、上司である係長も減給処分に、部長兼課長も譴責処分に付されていること、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右の事実関係を総合して判断すると、仮に申請人が本件において主張する、本件配転命令前の申請人に対するその余の不利益な取扱い、申請人の組合活動に対する妨害、統一派と称されるグループに属する者に対する不利益な取扱い等に関する客観的事実が立証されたとしても、少なくとも本件配転命令について不当労働行為意思がその決定的な動機ないし理由となっていたものと認めることはできないといわざるを得ない。してみると、不当労働行為に関する申請人の主張は、その余について判断するまでもなく理由がないことになる。
四 以上の認定説示によれば、本件申請は、その余の点につき判断するまでもなく、被保全権利について疎明がないことに帰し、疎明に代えて保証を立てさせることも相当ではない。
よって、本件申請をいずれも却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 桜井文夫 裁判官 相良朋紀 裁判官 須藤典明)